私的アオリ
前作「A」は、セールス的に不調に終わっただけでなく、古くからのファンも離れさせてしまう結果となってしまい、JETHRO TULLの人気は斜陽を迎えつつあった。
また、John Evanはじめ学生時代からのメンバーが離れたことより、TULLはよりいっそうIan Andersonのプロジェクト的色彩を強めていく。
実際のところ、当時のAndersonは進むべき音楽性に相当迷っていたと思う。70年代は終わり、80年代は流行の音楽は大きく変わった。TULLと同じような大物バンドの多くは解散するか休業状態だった。
さらに本作ではTULL史上初めて外部からプロデューサーを起用している。Paul Samwell-Smith(ポール・サムウェル・スミス)、元THE YARDBIRDSのベーシストで脱退後はプロデュース業に専念していた腕利きである。外部の人間にプロデュースを全て任せたのは後にも先にもこのとき限りであり、そこには当時のAndersonの"迷い"がくみ取れるかもしれない。
このプロデューサー選びには裏話があり、Dave Peggの証言によれば当初Keith Olsenに決まりかけたがうまくいかず、結局Paul Samwell-Smithに白羽の矢が立ったということだ。
これで布陣はすべて英国人となった。Andersonが目指したのは、最新のテクノロジーを取り入れつつ70年代のトラッド色あふれるブリティッシュロックへ回帰することだったのかもしれない。
そしてそれは、全英第27位/全米第19位と前作を超えるチャートアクションやこのアルバムに対するファンの根強い人気に示されるように成功したといえるだろう。
前作で見せたシンセサイザーの導入を引き継ぐとともに従来のトラッドスタイルもかなり復活させ両者の融合に成功しており、楽曲の質はかなり高い。特にPeter John-Vetteseは--それほど名の知れているミュージシャンではないかもしれないが--Eddie Jobsonの抜けた穴を埋めて有り余るほどの活躍を見せており、その才能の深さには脱帽である。個人的にはJobsonよりもTULLにはフィットしていると思う。またリズムセクションは一時期のFAIRPORT CONVENTIONの再現でもある。
シンセサウンドとトラッドスタイルがうまく調和した2(Clasp)、7(Pussy Willow)といった名曲が収録されているほか、シンセのコードチェンジがたまらない6(Broadsword)、9(Seal Driver)も聴きどころ。シンセといえば8(Watching Me Watching You)は次作「UNDER WRAPS」の路線である。
アナログ時代には旧A面に"BEASTIE"旧B面には"BROADSWORD"というタイトルが付いていた。詳しい意味は不明。ただ歌詞には何となくニュアンスはある。A面は社会風刺、B面は船がらみの歌詞が多い。
これまで1年1作だったのが、「A」から2年経ってるためか、なんとアルバム2枚分の楽曲が完成した。
リマスター盤のボーナストラックはその一部で、「20周年BOX」でお披露目されていたもの。中でも12(Jack-A-Lynn)は人気の高い名曲で、TULLの曲でも屈指でメロディの美しい曲だ。おそらく「アコースティック→ハード」の流れが7(Pussy Willow)とかぶったために外されたのだろう。また、11(Jack Frost and the Hooded Crow)は「CHRISTMAS ALBUM」でリメイクされることになる。
さらに「NIGHT CAP」のほうにまわされたアウトトラックもあるが、完成度の違いからかこのリマスター盤には選ばれなかった。
このアルバムは前作「A」よりもセールス的には成功した。特に西ドイツでは大ヒットし売れに売れた。しかしながら米ツアーの受けはAndersonにとって不満が残るものだったらしい。
やはりIan Andersonの迷走は続くのだった・・・